2015年6月13日土曜日

流れと歩み 中村一美「絵巻18(親鸞上人絵伝)」「ミラー・ニューロン」展

見ることの誘惑 第37回 
<流れと歩み>

中村一美 「絵巻18(親鸞上人絵伝)
2014年 アクリル 綿布 183.4×364.3cm
高橋龍太郎コレクション

             中村一美「絵巻18(親鸞上人絵伝)

高橋龍太郎コレクションをまとめて見るのは、「ミラー・ニューロン」展で二回目だ。
個人のコレクションは、コレクターの趣味が明快に伝わってくる。自分の趣味と比較してリアクションしやすい率直さがある。前回の「ネオ・テニー」展6年前だった。わたしの趣味とは随分違うなあというのが、素朴な印象だった。

「ミラー・ニューロン」展では、「ネオ・テニー」展で展示されていた作品もかなりあった。でも、今回は、こんな嗜好もあったのかといくぶん驚かされた作品が何点かあった。
わたしなどには親しい「もの派」系の菅木志雄や、関根伸夫、榎倉康二などと並んで辰野登恵子や中村一美も展示されていた。高橋龍太郎コレクションというと小谷元彦や山口晃、会田誠などをすぐ思い浮かべてしまっていたので、わたし自身、意外感があったようだ。
「もの派」系の作家も、辰野登恵子や中村一美も、不思議と全体の展示になじんでいた。特に「ミラー・ニューロン」展では辰野登恵子や中村一美は、これまでわたしが考えていたのとは違った側面を発見したような気がした。

中村一美の「絵巻18(親鸞上人絵伝)」は、昨年秋に東京、麻布のKaikai Kiki Galleryで展示された作品から新たにコレクションに加えられたようだ。
斜め格子のバリエーションとしての構造に、絵巻に使われる「やすり霞」を連想させるような幅広のストライプが使われている。ストライプで形づくられた面が三つ重ねられて右から左に展開していく。
最も左の面も加えれば、面は四つということになる。最も左の面は三つの面とは違っている。
それはともかく、それらの面の上に絵の具が肉厚に盛り上がっているドットによる線が斜めに重ねられている。

ドットによる線は、絵の具の物質感が強調されていることと、線のつながりが途切れているドットなので、見ることが遅れるような感じをおこさせる。文字でいえば、平仮名や漢字に対する片仮名といえるかもしれない。
右から左に流れていく車窓から眺める景色、その景色の手前で鉄柱や電信柱が流れる景色をよぎっていくのを見ているときの気分に似ている。
物質感豊かなドットの線は、絵画を見ているわたし自身のまなざしに気づかせるのだ。絵画に注いでいるまなざしを、そこから遅らせ、ずらすかのようだ。
こうしたストライプによる面とドットによる線は、大森荘蔵の「流れとよどみ」を想い浮かべながら、「流れ」と「歩み」といってみたくなるようなリズム感だ。いくらかの遅れとずれを伴った同じものの二つのバリアントということだ。

最も左の面での、細いストライプと反対方向の斜めのドットの線は、左の三つの面の右から左に向かう流れのリズムに対抗して、異質な時間と空間をもたらしている。
歌川広重が名所江戸百景などで多用した画面上下で展開されるZ型の構図と比べてみると、ジグザグ状の斜め格子の機能がよくわかる。広重のZ字型は画面の上下、つまり遠くと近くの違いを作りだしておきながら、同時に遠くと近くを同じ平面上で出会わせる効果がある。空間表現としての機能だ。
中村一美の「絵巻18(親鸞上人絵伝)」での斜め格子のバリエーション構造は、空間以上に時間的な表現をになっている。
次の二つがそれだ。「流れ」と「歩み」ともいえるような遅れとずれが共存したリズム。右から左に展開する三つの面に対抗する逆向きの時間感覚。

わたしが中村一美の絵画を初めて見たのは、1980年代の、多分、前半、櫻井英嘉が東京芸大で指導していたころに呼ばれて芸大に見に行ったときだろう。
極端に縦長の画面型にY字型を用いた絵画だった。爽快なストロークと骨太の絵画構造、確信に満ちたプリンシプル。それは、今も変わらない。そのときには、Y字型が桑の木や中村一美自身の出自に関わるモチーフだとは知る由もなかった。才気に満ちた絵画だったが、絵の具の物質感やY字型など、当時のアメリカのニュー・イメージ・ペインティング系の絵画とダブって見えたことを憶えている。空間が不自由に固まっているのに、ストロークだけが縦横に展開されているようだった。

その時見たY字型を用いた絵画は、今、考え直してみると、遠近をなくした画面の上下での展開という点で、広重のZ字型に似ていたのかもしれない。それと比較して見直してみると、「絵巻18(親鸞上人絵伝)」の斜め格子のバリエーションは、Z字型を上下に重ねてY字型がもっている斜傾性で組み替え直したといえるような気がする。
いずれにしても、中村一美の「絵巻18(親鸞上人絵伝)」は、面を層として重ねながら、画面を見るリズムに緩急をつけ、さらに、画面のなかに異質な時間を混在させている。そこに注目したい。
80年代の前半にわたしが初めて見たY字型の絵画を「絵巻18(親鸞上人絵伝)」に重ねてみると、中村一美の絵画があらたな姿であらわれてくるようだった。
(はやみ たかし)

  このテキストは次の展覧会で取材、画像は展覧会図録から借用しています。
「高橋コレクション展 ミラー・ニューロン」2015418日〜628日 東京オペラシティアートギャラリー
※「ミラー・ニューロン」にだされていた榎倉康二「Drawing B-No.19」については近日中に公開予定。